私の社会人としての始まりは、転機の時に全て「女性初」がつきまといました。
1974年生まれ、大学を卒業し社会人として働き始めたのは1986年 、高校生や大学生の時に友達の彼氏などバブリーな社会人を見て育ち、 自分が就職する時はバブルがはじけていました。そういえば会社に入社した当時、社内預金という制度があり、その頃の利率は何と6%でしたが、入社後半年で1%程度まで下がった記憶があります。社員に給料を出し、高額な利子で社内預金として再徴収する、「グループ内でお金を循環させる」 というのが徹底された会社かと感心したものです。がこれは、私が在籍していた会社だけではなく、 その頃の日本の企業にとっては普通に行われていたようです。
私は決してバリキャリを目指していたわけではなく、どちらかと言うと「お金持ちと結婚して早く仕事を辞めたいなー」というタイプでした。
それなのになぜキャリアで、女性初が付いて回るのか。
私は国語よりも数学や物理が好きで、迷わず理系を選びました。入ったのは工学部建築学科(だからといって素晴らしいランクの大学ではありません)。就職するときもそれなりに苦労したのですが、最終的に教授からの紹介でゼネコンに就職しました。ゼネコンに技術者として入社する、と聞くだけで、皆さんの中になんとなく女性が少なそうなイメージがあると思います。まさにその通り。そして入った会社は少しだけブラックな男社会の会社。なぜ私がそんな会社に入社できたかというと
・採用を担当していた上司が少し変わり者だった
というのが一番大きいようです。
個人レベルではその上司も男女平等の考え方があるのですが、いかんせん会社全体が男性優位の昭和な会社です。
そしてこの頃の私は、元を正せば自分が望んで手に入れた家ではなかったので、なぜこんなに女性は差別され差別されることにが当たり前だと他の女性は思っているのだろう、という漠然な疑問がわきました。それまでジェンダー理論など全く興味がなかったのに、いろいろな本を読みました。もちろんこの頃はお金がなかったので、図書館をよく利用しました。
何冊か読んだ本の中で記憶に残っているフレーズは
「学校という社会は建前の平等社会。本当の社会は女性に対して厳しいということを教えていない」
というものです。
なるほど教科書には「現在でも男女差別が残っている」などと、書きたくても書けないのです。 その割には数年前に施行された男女雇用機会均等法のことなどはきちんと勉強し、あたかも男女平等の社会が待っているように学び、卒業します。
そこで私は考えました。これから仕事を続けていくにあたり、
1)紅一点と言う立場を利用するべきか
2)男性の中に混じっても浮かないよう、男性のように振る舞うべきか
結局、両方を試してみて、やはり2のように男性社会の中で目立たず振る舞うということは、もともと「お金持ちの男性と結婚して、幸せに暮らしたい」などと考えていた私にとって、不可能だということに気づきました。 何より心理的負担が大きいのです。
だからといって1のように女性という立場を利用しても、それが通じるのは何歳までだろうと漠然と考えてしまいます。
社会に入ると、学校のように男女比が5対5で回っている職場というのは少ないものです。私は男性の中に私一人だけ女性がいる、という境遇の中で仕事をしてきました。そんな生活にも慣れました。私は身長が164 CM と、平均よりも高いです。これは男性の中に一人いても小さすぎて浮かないという意味では、良い方向に傾きました。また周りの方々は皆優しく丁寧に教えてくださるので、あからさまに女性差別をされていると感じる時以外は、とてもありがたい環境だと思います。
このような特殊性をもって社会人になった女性は少ないと思うので、今後ブログで発信していきます。